中高生のころ、英語が大の苦手だった。
理由は簡単だ。80 年代半ばの未だグローバル社会には 程遠い時代、私が暮らしていた瀬戸内海の小さな島では外国人を見かける機会もなく、いつか英語 が必要になるシーンなんて予想もつかなかったので、英語なんて「習っても将来役に立たないであ ろう」科目の筆頭だったのだ。試験に合格するために仕方なく勉強しなければならない上に、三単 現の s がないとか、冠詞の a が抜けているとか、そんな些細なことで点を失う英語は鬼門でしかな かった。
その価値観が一変したのは、スペイン語を習い始めてからだ。ALTもJETもなかった時代、 大学で出会ったスペイン語の教授は、私にとって初めての「身近で実際に話ができる」外国人だっ た。覚えたての単語をつなげて、覚束ない文法で話す私たち生徒に、彼女はニコニコしながら何度 も繰り返し教えてくれた。
「間違えてもいいんですよ。あなたたちは日本人で、スペイン語話す国で生まれた、じゃないです。 発音も、文法も、外国語を上手に話せないの、当たり前。でもあなたたち、私の日本語、笑います か? 私とお話、できませんか? チガウでしょ? 大事なのは話すこと。言葉はただの、分かり 合うための、ツールです」
その言葉が、私に翼をくれた。先生と話すのが楽しい。もっと話せるようになりたい。間違って も笑われない環境下で私はのびのびと学習ができ、日常会話ならほぼ問題ない程度まで上達するこ とができた。
就職した後はスペイン語を使う機会もなく、習ったことのほとんどは残念ながら忘れてしまったけれど、30 歳を 過ぎて転職の関係で英語をもう一度やってみようと思った時、先生の言葉が私の背中を押した。学 生時代あれほど嫌いで苦労した英語が、間違いを恐れず外国人の先生と会話を楽しむ環境下ではぐ んぐん伸びて、海外の友人と無駄話をしたり、気になる動画やWebサイトを日本語訳なしで楽し めたりするようになった。そのうち英語の会議への出席や海外出張の機会も得て、私の世界は確実 に広がった。
私が学生だった当時、すでにおばあちゃんの域に達していた彼女はもう鬼籍に入ってしまったけ れど、先生の言葉は今でも笑顔とともに私の胸にある。私に翼をくれたその言葉を、英語が苦手な 人にも伝えていけたらと思っている。
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